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2008年 5月 26日
マルコ3:13 「イエスは山に登り、ご自身のお望みになる者たちを呼び寄せられたので、彼らはみもとに来た。」
イエス様のお望みの者とは、どんなものでしょう。1章では弟子たちが「網を置いてすぐに従った」ということ、2章では「新しいぶどう酒には古い皮袋ではなく、新しい皮袋が必要である」こと、3章には食事の暇もなくても、周りに気が狂っていると思われても、「神のみ心を行う」とあります。
漁師は魚があれば食事をしなくてもとり続け、なければしょうがないという柔軟性があるのではないかと想像します。今日は人が来ると思っても全然来なかったり、予想もつかないときに人が来たり、関わる子供たちも、古いアイディアの学び方では全然ついて来ない。あの町で成功した方法がこの町ではうまくいかない。いつも新しく、柔らかくしてください。
イエス様のお望みの者として、みもとに置かれ,「神のみ心を行うわたしの兄弟です。」と言われたい。頭がいい人や仕事のうまい人、性格のいい人を選ばれなくて感謝します。心を新しくしてください。みもとで用いられやすいものとしてください。
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