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2008年 4月 15日
ヘブル11:17-19

アブラハムは、イサクをささげました。自分の愛する一人子です。私も、一人子の息子がいます。これが意味している大事なことに気づきました。
1.子供は自分の所有ではない。子供は、神様からのプレゼントであり、一定期間あづかれたものである。しかし、主の訓戒によって子供を訓戒・訓練することは、父に与えられた役目であります。ここで、主のものであることは、神様の計画に沿った育って方をすることです。というのは、子供は、神様から直接神様のみ声を聞き従うことです。それのために、育ち、そのように成長していくことです。
2.一番大事なものを主にゆだねることです。このイサクは、老人になって25年を待ち続けてようやく与えられた唯一の子供でありますので、目に入れても痛くない存在であると思います。また、神様より優先されやすい存在でもあると思います。しかし、私たちの優先順位としては、神様が一番となる必要があります。それは、自分のためにも、愛される相手のためにも必要です。そうでないと、所有意識のようなものが働き、その人を自由にさせることが出来ないからです。そのようなプレッシャーの中にいる人は、縛られた不自由な環境で生活することとなり、不自然な関係となります。神様を第一にすることは、信仰がいることですが、そのような生活は、自分もその愛する相手も自由となります。ですので、正しい優先順位を保つのに必要な過程であったと思います。
3.偶像礼拝にならないためです。2番と同じ考えの流れですが、偶像礼拝は、神様以外に最優先されることです。自分の最優先されているものは何か?それが、神様以外のものであれば、それは偶像礼拝です。つまり、偶像礼拝からアブラハムを解放するためであります。
自分も一人子のサムエルを主にささげます。主が彼を導き直接彼に語り、自分で自分の道を聞き従うことを祈ります。
親の漢字も、木上に立って見守ることであるように、自分もサムエルが失敗しても、その失敗を許し、自分の責任を持って行動することを学ぶようになっていければと思っています。
アブラハム・リー@ゴスペルハウス
11:17 信仰によって、アブラハムは、試みられたときイサクをささげました。彼は約束を与えられていましたが、自分のただひとりの子をささげたのです。
11:18 神はアブラハムに対して、「イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる。」と言われたのですが、
11:19 彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。それで彼は、死者の中からイサクを取り戻したのです。これは型です。

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