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ヘブル4:1-5

安息

安息に入るには、信仰が必要です。

福音を聞いても益にならないのは、信仰によって結び付けられてないからです。(2節) レビ記で書かれたすべてのいけにえも人の努力ですが、それは、永遠に続く働き・仕事・努力です。それから、キリストは、十字架にかけられて私たちがささげなくてはいけない永遠のささげ物を変わりにして下さったのです。見よすべての人々の罪を負うために十字架にかけられた神の子羊。

福音が本当に効果があるためには、信仰が必要です。信仰によって私たちは、義と認められます。自分の罪もこの信仰により正しいものとみなされるのです。

今日も生きる中で、信仰によって歩みたいと思います。目に見えるもので判断するのではなく、目に見えない神様の価値観を持って歩みたいところです。

アブラハム・リー@ゴスペルハウス

4:1 こういうわけで、神の安息にはいるための約束はまだ残っているのですから、あなたがたのうちのひとりでも、万が一にもこれにはいれないようなことのないように、私たちは恐れる心を持とうではありませんか。
4:2 福音を説き聞かされていることは、私たちも彼らと同じなのです。ところが、その聞いたみことばも、彼らには益になりませんでした。みことばが、それを聞いた人たちに、信仰によって、結びつけられなかったからです
4:3 信じた私たちは安息にはいるのです。「わたしは、怒りをもって誓ったように、決して彼らをわたしの安息にはいらせない。」と神が言われたとおりです。みわざは創世の初めから、もう終わっているのです。
4:4 というのは、神は七日目について、ある個所で、「そして、神は、すべてのみわざを終えて七日目に休まれた。」と言われました。
4:5 そして、ここでは、「決して彼らをわたしの安息にはいらせない。」と言われたのです。

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