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エレミヤ31章  そのとき 

Time-clock

全てのことには、とき(時)があります。

神様は、全ての人に、ある時期を用意しております。そして、その人を導き、時に適って物事を行います。

伝道者の書には、次のような詩が書かれてあります。

3:1 何事にも時があり/天の下の出来事にはすべて定められた時がある。

3:2 生まれる時、死ぬ時/植える時、植えたものを抜く時

3:3 殺す時、癒す時/破壊する時、建てる時

3:4 泣く時、笑う時/嘆く時、踊る時

3:5 石を放つ時、石を集める時/抱擁の時、抱擁を遠ざける時

3:6 求める時、失う時/保つ時、放つ時

3:7 裂く時、縫う時/黙する時、語る時

3:8 愛する時、憎む時/戦いの時、平和の時。

イスラエルの民は、神様の契約を破り、裏切り者となりました。その結果、彼らは、約束の地から追い出され、異邦の地で囚人の生活を送りました。その時の神様の御心は、異邦の地に行くことでした。時が来ると、その異邦の地から彼らを戻し、約束の地に導き、新たな恵の時が来ました。

全ての契約は、回復され、約束の地が再び、 与えられ、そこで、喜びをもって生きる幸いが与えられました。

神様と人間の間には、契約が結ばれています。その契約を守るものは、幸いを得、それを破るものは、悲惨な状況に落ちいます。そして、その選びは、私達にあります。

キリストを受け入れることも、拒むこともすべて、私達にあります。

そのメッセージは、あらゆる形で、一度は、聞いたことがあるでしょうが、その決断は、自分で出さなければなりません。その結果は、大きな違いがあります。天と地の違いです。

イスラエルは、それを体験し、二度も神様を知らない生活には戻りたくなかったです。

 31:34 そのとき、人々は隣人どうし、兄弟どうし、「主を知れ」と言って教えることはない。彼らはすべて、小さい者も大きい者もわたしを知るからである、と主は言われる。わたしは彼らの悪を赦し、再び彼らの罪に心を留めることはない。

31:35 主はこう言われる。太陽を置いて昼の光とし/月と星の軌道を定めて夜の光とし/海をかき立て、波を騒がせる方/その御名は万軍の主。

31:36 これらの定めが/わたしの前から退くことがあろうともと/主は言われる。イスラエルの子孫は/永遠に絶えることなく、わたしの民である。

 神様は、今も、色んな形で、私達を案内していますが、それを決めるのは、私達の自由意志です。しかし、その結果は、大きな人生の違いをもたらします。

そのとき(時)を見ぬがさ無いように、気をつけて、時を見極めることを祈ります。

アブラハム・リー@ゴスペルハウス 



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エレミヤ30章  わたしはお前を正しく懲らしめる。罰せずにおくことは決してない。 

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神様の御心を知っていながら、それを行わないことや反抗的な態度、あるいは、行動をするとき、神様は、その人を訓練するためにも、必ず罰せずに置くことは決してありません。

イスラエルの歴史は、クリスチャンの生活を表します。クリスチャンとして生きる中、神様の御心を必ず示されるようになります。しかし、その示されたことを自分の判断や自分の価値観で、神様の御心から離れることになると、神様の罰が来ます。

しかし、それだけではなく、必ず、回復の時を向かえるようになります。罰されるのは、それが目的ではなく、私たちが訓練を受け、更に、前進できる準備をしてくださいます。私達に対する神様の目的があるからです。その目的がある限り、私達の人生は、終わりません。

イスラエルの民は、捕囚となることが訓練の一部でした。そして、それが、彼らに対する神様の罰でした。しかし、それが終わりではなく、回復の時を向かえるようになり、以前のように裕福な生活に取り戻ることができます。それから見ると、神様の計画は、私達を永遠の観点から、もっと良いものとして訓練し、今より優れた人生を過ごすことが出来るように、導いてくださいます。

時が来ると、全ての民族、国、人々は、イエス・キリストを天と地の権威者として見るようになり、公的に救い主として、また、裁判官として、全ての人を裁くようになります。

フィリピ信徒への手紙

2:10 こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、

2:11 すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるのです。

その時に、全ての罰されるものは、罰され、賞を受けるものは、その賞を失うことはありません。

さて、今を生きる私達には、その選択肢があります。神様に反抗的、あるいは、無関心で生きるのか、それとも、聖書(バイブル)が語る、神様に恐れおののき、それに従うかを選ばなければなりません。

人生は、全て、選択ですから、何を選んで、生きるかが、人生の成功のカギです。

神様を選ぶ人は、裁きのとき、賞を受けますが、神から無関心、あるいは、反抗的なものは、罰されずにはおくことは決してありません。

選択は、私達にあります。

ゴスペルハウス
アブラハム・リー 

 



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エレミヤ29章 70年間の捕囚期間の意味

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イスラエルの民の始まりは、アブラハムという一人の人物からです。アブラハムは、老人になってからイサクという息子が与えられ、そのイサクを通して、ヤコブという孫が生まれ、そのヤコブから12人の子供が、イスラエルの12部族につながります。ヤコブの息子の一人、ヨセフは、当時の文化や政治の中心地であった、エジプトで総理大臣となり、飢饉の時、エジプトだけではなく、ヤコブや兄弟の家族を飢饉から免れるようになりました。

そして、数百年が経ち、60人ほどのイスラエル人は、200万人の人口となり、エジプトの王は、彼らを奴隷として使っていました。仕事は、苦しくなり、叫び求める時、モーセという人物がエジプトの王妃により育てられ、イスラエルの民を連れて、出エジプトすることとなりました。そして、神様が約束していたカナンの地で、イスラエルの民は、定着するようになり、この場所は、今もイスラエルです。

このイスラエルの歴史の中に、彼らが奴隷となり、70年間イスラエルから強制的に捕囚となり、外国に行かされたのは、「彼らがわたしの言葉に聞き従わなかったからである」と聖書は、語っています。

それに対して、神様は、罰を与え、彼らの行った行動を変えるきっかけを与えました。そして、約束の通り、70年が経つと、そこから、元の約束の地に戻され、そこで、神様の哀れみによって、生かされ、独立した国として生きるようにされました。 

この70年間の捕囚の期間と言うのは、1)悔い改めるための苦しみの期間でした。2)この預言者エレミヤを含む数多くの預言者の予言が成就されるためでした。3)また、神様の哀れみと慈しみを受け取る機会となりました。

もしも、自分の人生に、このような難しさの中でありましたら、それは、1)悔い改める機会ではないかを考えるべきです。2)神様が自分に対する計画があることを知り、その計画に向かって自分の人生を立てあげる機会とすることです。3)今こそ、神様の恵みと哀れみを受ける時です。心を開いて、主に向かい、祈りをささげ、神様からの答えを期待しましょう。

捕囚の期間は、一気に飛躍する機会であり、決して、ネガティブの状況として受け入れる必要は、ありません。

危険は、機会に変わり、その機会に謙り、神様の元に戻る時、意外な祝福が訪れてきます。

主に寄り頼み、感謝しましょう。

ゴスペルハウス
アブラハム・リー 



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今日はヨブ記の最終章、42章を読みました!!
長かった~~!!

ヨブの罪を指摘する人たちと自分の潔白を主張するヨブの
激戦でしたが、ついに神様がその口を開かれ、
ヨブが潔白であることを認めました。

そしてその後、神様は、今までの祝福の
倍以上にヨブを祝福しました。

でも最初は悲劇の連続でしたね。自分の子供達は全員死に、
全財産をも失い、妻からは「神を呪って死になさい」と言われ・・・。

”辛い”なんてレベルじゃないと思います。

しかしそんなことがあっても決して神様を捨てなかった
ヨブの信仰に感動しました!!

僕がヨブ記から一番学べたことは、
どんな状況であっても、決して神様を忘れず、
いつも神様に、より頼むことです。

ヨブはあの当時、最も裕福な人と言われていましたが、
「自分の力で富を築いた」とは少しも思っていませんでした。

「全てが神様の御手の中にあり、私は神様からただ
一方的に祝福されただけです。」という、
とてもへりくだった態度でした。

だから僕も、どんな状況にあっても、
神様に従うことを決して忘れずに、
これからも神様と共に歩んでいきたいなと思いました。

※ちなみに、ヨブ記はモーセが書いたらしいです。
そしてヨブ記は旧約聖書の中で一番最初に書かれた書物らしいです!

サムエル・リー
 

 



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エレミヤ28章 主に逆らう結果

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エレミヤに、直接チャレンジしてくる別の預言者がいました。彼の名前は、ハナンヤでした。ハナンヤは、イスラエルに慰めを与えるために、神様の御心に逆らう予言をしました。それに対して、エレミヤは、立ち向かいました。

ハナンヤは、イスラエルに以下のような予言をしました。

 28:2 「イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。わたしはバビロンの王の軛を打ち砕く。

28:3 二年のうちに、わたしはバビロンの王ネブカドネツァルがこの場所から奪って行った主の神殿の祭具をすべてこの場所に持ち帰らせる。

28:4 また、バビロンへ連行されたユダの王、ヨヤキムの子エコンヤおよびバビロンへ行ったユダの捕囚の民をすべて、わたしはこの場所へ連れ帰る、と主は言われる。なぜなら、わたしがバビロンの王の軛を打ち砕くからである。

これは、イスラエルが聞きたい言葉でした。

しかし、エレミヤは、以下のように答えました。

28:6 預言者エレミヤは言った。「アーメン、どうか主がそのとおりにしてくださるように。どうか主があなたの預言の言葉を実現し、主の神殿の祭具と捕囚の民すべてをバビロンからこの場所に戻してくださるように。

28:7 だが、わたしがあなたと民すべての耳に告げるこの言葉をよく聞け

28:8 あなたやわたしに先立つ昔の預言者たちは、多くの国、強大な王国に対して、戦争や災害や疫病を預言した

28:9 平和を預言する者は、その言葉が成就するとき初めて、まことに主が遣わされた預言者であることが分かる。」 

これを聞いたハナンヤは、 預言者エレミヤの首から軛をはずして打ち砕いた。そして、ハナンヤ民すべての前で言った。「主はこう言われる。わたしはこのように、二年のうちに、あらゆる国々の首にはめられているバビロンの王ネブカドネツァルの軛を打ち砕く。」

そこで、預言者エレミヤは立ち去った。

その後、神様の言葉が、エレミヤにありました。

28:13 「行って、ハナンヤに言え。主はこう言われる。お前は木の軛を打ち砕いたが、その代わりに、鉄の軛を作った。

28:14 イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。わたしは、これらの国すべての首に鉄の軛をはめて、バビロンの王ネブカドネツァルに仕えさせる。彼らはその奴隷となる。わたしは野の獣まで彼に与えた。

28:15 更に、預言者エレミヤは、預言者ハナンヤに言った。「ハナンヤよ、よく聞け。主はお前を遣わされていない。お前はこの民を安心させようとしているが、それは偽りだ

28:16 それゆえ、主はこう言われる。『わたしはお前を地の面から追い払う』と。お前は今年のうちに死ぬ。主に逆らって語ったからだ。」 

民を安心させることは、悪いことではありません。そして、不安を抱えているイスラエルに精神的な安静を与える言葉だったかも知りません。しかし、神様の言葉でもなく、かえて、神様に逆らうことになります。神様の御心を知らないからです。

その結果、「28:17 預言者ハナンヤは、その年の七月に死んだ。」 

神様に逆らうつもりでなくても、神様の御心を知らない時は、このように逆らうことになります。

もし、その御心をはっきり解らないなら、解らないと言う方が知恵です。また、それに逆らうなどは、自分の死を招くことになります。

人間として、神様の領域に入ることはできません。地震や自然災害などは、人間の領域ではありません。しかし、今、自分の罪を悔い改め、神様との平和を保つことはできます。今が、神様の恵みの時です。主に自分を謙らせる人は、神様から恵を受けます。

ゴスペルハウス
アブラハム・リー 



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